日本銀行券とは別に政府が独自に発行する「政府紙幣」構想が自民党で浮上していることについて、与謝野経済財政相は3日の閣議後の記者会見で、「傾聴には値するが、異説のたぐいだろう」と実現性に否定的な見方を示した。
景気刺激策として一部の学者らが提案。1日には自民党の菅義偉・選挙対策副委員長が検討に前向きな姿勢を示したが、通貨が信用を失い、急激なインフレを招く可能性も指摘されている。
与謝野氏は会見で「天からお金が降ってくるなら使うことはあるだろうが、元々の財政や金融政策には全くなじみのない考え方だ。必要であれば、国債を出せば済む。藩札を出すのとは話が違う」とも語った。
与党内の一部から景気対策として政府紙幣を発行する案が出ていることについて、経済閣僚が相次いで否定的な見解を表明した。 中川財務・金融相は3日の閣議後の記者会見で、「現在、私の頭の中にはない」と述べた。また、与謝野経済財政相も記者会見で、「(財源が)必要であれば国債を出せば済む話で、傾聴には値するが、異説のたぐい」と指摘した。
政府紙幣は、日本銀行が発行する紙幣とは別に政府が発行するもので、財源として活用すれば景気浮揚につながるとの見方が出ている。
景気対策の一環として政府が紙幣を発行する構想が自民党内で浮上していることに対し、3日の閣議後の記者会見で閣僚から慎重な声が相次いだほか、日銀の白川方明総裁も強い懸念を示した。総裁は株式買い取りを決めた後の記者会見で「通貨に対する信認が害される恐れがある」と強調。そのうえで政府の債務返済能力への疑念から「長期金利の上昇を招く」と述べ、副作用の可能性を指摘した。
記者会見で白川総裁は市中で流通した後、日銀に戻ってきた政府紙幣を政府が回収する場合と、そのまま日銀が引き受ける場合の2通りを想定して、それぞれの問題点を細かく指摘した。
政府が発行している硬貨の場合は、日銀に還流してきた硬貨の一部を政府が日銀から回収している。この際、政府が日銀に回収分と同額の財源を渡しているが、政府紙幣も同じ仕組みになると、「(発行額に見合った)資金調達が必要になるという意味で国債の発行と実体的に変わらない」
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クリスマス商戦の結果を受けた
Thu 22 Jan’09
先週のドル/円相場はオバマ次期米政権の景気対策に対する期待を背景に、米国株価が底堅く推移するなかドル買い先行で展開し、6日には一時、94.65円まで円安ドル高が進んだ。
しかし、米FOMC議事録の内容が雇用・景気等の面で総じて弱い内容であったことを嫌気してドル売りに転じ、その後、7日に米12月ADP雇用統計で民間部門の雇用者数が前月比▲69.3万人と予想外に大幅な悪化となったことや、2009年度の米財政赤字が1兆ドルを超すとのCBO(議会予算局)の見通し、中東における地政学的リスクが嫌気されたことなどを受けてドルが軟化。そして9日(金)、注目された米12月雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比▲52.4万人と、前月(同▲58.4万人)ほどではないものの50万人超の大幅減が続き、また、失業率は7.2%と前月の6.8%から0.4%ポイント悪化して1993年1月以来約16年ぶりの高水準となった。
この結果を受けてニューヨーク・ダウ工業株30種平均が8,600ドルを割り込んで下落するのを横目に、ドル/円相場は年初来の上昇分をすべて失う格好で一時90.15円まで円高ドル安が進み、90.38円レベルで越週した。
なお、週明けの12日(月)は米国株がさらに下落する展開のもと、一時88.89円まで円高ドル安が進んだ。
2.見通し オバマ新大統領就任を控えドルは底堅さを残す
今週のドル/円相場は底堅さを残しながら小動きの展開を予想する。先週発表された米雇用統計は2008年の雇用者数の減少が戦後最大となるなど、雇用情勢の厳しさを示すもので、ドル売り圧力が強まりはしたが、それでもドル/円は90円レベル、89円レベルに踏みとどまり、円の高値更新とはならなかった。
米経済の厳しさはかなりの部分織り込まれ、相応に覚悟が出来ていることに加え、来週20日(火)に就任式を迎えるオバマ新政権の景気刺激策に対する期待感がドルをサポートする材料となっていると位置づけられ、目先はそうした、政策への期待が優勢と思われる。
なお、今週はユーロ圏でECB(欧州中央銀行)理事会が開催されるが、以前は利下げ休止の可能性が考えられていたものの、ここに来て逆に大幅利下げの可能性が考えられるようになっている。市場では50b.p.の利下げを中心に見込んでいるが、予想以上の利下げ、もしくは、近い将来の追加利下げが観測されるようであれば、ユーロの続落を促すことになろう。これもドルの下支えにつながると見込まれる。
もっとも、今週は米国で、クリスマス商戦の結果を受けた小売売上高やミシガン大学消費者マインド指数、企業関連では鉱工業生産や製造業の企業マインド指標等の重要指標が相次いで発表される。景気動向の弱さはかなりの部分が織り込み済みとはいえ、ファンダメンタルズ(基礎的条件)に再び焦点が当たり、ドル/円が再び大きく値を崩す可能性には一定の留意が必要な不安定な状況が続くと考えられる。
3 ズバリ:今週の予想レンジ 予想レンジ 88.00円~92.50円 戦後最悪の米雇用情勢
米国の12月の雇用統計で非農業部門雇用者数は前月比▲52.4万人と、11月(同▲58.4万人)ほどではないものの、50万人超の大幅減が続いた。また、失業率は7.2%と前月の6.8%から0.4%ポイント悪化し、1993年1月以来約16年ぶりの高水準となった。
2008年1年間で失われた雇用は合計で258.9万人に達し、第二次大戦後の45年(275.0万人)以来の大幅なものとなった。これは遡って確認できる範囲内で2番目に大きく、戦後最大だ。なかでも、9月以降の非農業部門雇用者数の減少が193.4万人に及んでいることにみられるように、それまでの比較的緩やかな雇用調整と、金融危機、信用収縮が強まるなかでの集中的な雇用調整が確認される。
オバマ次期米大統領は「今後2年間で300万人の雇用を創出する」との方針を掲げ、景気対策の策定を急いでいるものの、それが実行され効果が現れるまでの間にも大幅な雇用減が続く恐れが強い。雇用者所得の減少などを通じて経済全般としてさらに下押し圧力を受けると予想される。
市場は米経済の現状の厳しさを相応に織り込み、記録的な弱さの割には、ドルのネガティブな反応は限定的だが、それは、オバマ次期政権の政策対応への期待が支えているとみられる。そうした期待が20日に就任式などまでは持つのか、あるいはさらに、最初の100日といわれる、いわゆるハネムーン期間の間は持つのか定かではないが、しばらくは指標の弱さをよそにドルに底堅さが残る可能性があると考えられる。
しかし、米FOMC議事録の内容が雇用・景気等の面で総じて弱い内容であったことを嫌気してドル売りに転じ、その後、7日に米12月ADP雇用統計で民間部門の雇用者数が前月比▲69.3万人と予想外に大幅な悪化となったことや、2009年度の米財政赤字が1兆ドルを超すとのCBO(議会予算局)の見通し、中東における地政学的リスクが嫌気されたことなどを受けてドルが軟化。そして9日(金)、注目された米12月雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比▲52.4万人と、前月(同▲58.4万人)ほどではないものの50万人超の大幅減が続き、また、失業率は7.2%と前月の6.8%から0.4%ポイント悪化して1993年1月以来約16年ぶりの高水準となった。
この結果を受けてニューヨーク・ダウ工業株30種平均が8,600ドルを割り込んで下落するのを横目に、ドル/円相場は年初来の上昇分をすべて失う格好で一時90.15円まで円高ドル安が進み、90.38円レベルで越週した。
なお、週明けの12日(月)は米国株がさらに下落する展開のもと、一時88.89円まで円高ドル安が進んだ。
2.見通し オバマ新大統領就任を控えドルは底堅さを残す
今週のドル/円相場は底堅さを残しながら小動きの展開を予想する。先週発表された米雇用統計は2008年の雇用者数の減少が戦後最大となるなど、雇用情勢の厳しさを示すもので、ドル売り圧力が強まりはしたが、それでもドル/円は90円レベル、89円レベルに踏みとどまり、円の高値更新とはならなかった。
米経済の厳しさはかなりの部分織り込まれ、相応に覚悟が出来ていることに加え、来週20日(火)に就任式を迎えるオバマ新政権の景気刺激策に対する期待感がドルをサポートする材料となっていると位置づけられ、目先はそうした、政策への期待が優勢と思われる。
なお、今週はユーロ圏でECB(欧州中央銀行)理事会が開催されるが、以前は利下げ休止の可能性が考えられていたものの、ここに来て逆に大幅利下げの可能性が考えられるようになっている。市場では50b.p.の利下げを中心に見込んでいるが、予想以上の利下げ、もしくは、近い将来の追加利下げが観測されるようであれば、ユーロの続落を促すことになろう。これもドルの下支えにつながると見込まれる。
もっとも、今週は米国で、クリスマス商戦の結果を受けた小売売上高やミシガン大学消費者マインド指数、企業関連では鉱工業生産や製造業の企業マインド指標等の重要指標が相次いで発表される。景気動向の弱さはかなりの部分が織り込み済みとはいえ、ファンダメンタルズ(基礎的条件)に再び焦点が当たり、ドル/円が再び大きく値を崩す可能性には一定の留意が必要な不安定な状況が続くと考えられる。
3 ズバリ:今週の予想レンジ 予想レンジ 88.00円~92.50円 戦後最悪の米雇用情勢
米国の12月の雇用統計で非農業部門雇用者数は前月比▲52.4万人と、11月(同▲58.4万人)ほどではないものの、50万人超の大幅減が続いた。また、失業率は7.2%と前月の6.8%から0.4%ポイント悪化し、1993年1月以来約16年ぶりの高水準となった。
2008年1年間で失われた雇用は合計で258.9万人に達し、第二次大戦後の45年(275.0万人)以来の大幅なものとなった。これは遡って確認できる範囲内で2番目に大きく、戦後最大だ。なかでも、9月以降の非農業部門雇用者数の減少が193.4万人に及んでいることにみられるように、それまでの比較的緩やかな雇用調整と、金融危機、信用収縮が強まるなかでの集中的な雇用調整が確認される。
オバマ次期米大統領は「今後2年間で300万人の雇用を創出する」との方針を掲げ、景気対策の策定を急いでいるものの、それが実行され効果が現れるまでの間にも大幅な雇用減が続く恐れが強い。雇用者所得の減少などを通じて経済全般としてさらに下押し圧力を受けると予想される。
市場は米経済の現状の厳しさを相応に織り込み、記録的な弱さの割には、ドルのネガティブな反応は限定的だが、それは、オバマ次期政権の政策対応への期待が支えているとみられる。そうした期待が20日に就任式などまでは持つのか、あるいはさらに、最初の100日といわれる、いわゆるハネムーン期間の間は持つのか定かではないが、しばらくは指標の弱さをよそにドルに底堅さが残る可能性があると考えられる。
— posted by サイト管理者 at 07:40 pm
横浜市内で生まれ育った
Sat 10 Jan’09
大きな爆音とともにスピードメーターの針が振れる。盗んだバイクの部品をいじり、エンジンをかければどこにでも行けた。ガソリンがなくなれば捨て、悪いことと知りながら、また別のを盗んだ。バイクと一緒にいる時だけ、嫌なことを忘れられた。数年前まで、そんな生活だった。
横浜市内で生まれ育った少年(18)は、両親に服を買ってもらったり、小遣いをもらった記憶がない。厳しい両親だった。朝夕の洗濯や食事の後かたづけは自分の役目。「ほかの家の子ならよかったのに」。そのうち食事も作らされた。
15歳のころ。たびたび外出していた母が突然、家から姿を消した。父の言葉が追い打ちをかけた。「そんなばかな高校を受けず、働いて家から出ていけ」
不良仲間に誘われるままバイクを盗み、非行を繰り返した。16歳まであと1カ月のある日、警察に捕まった。初犯のため処分に至らず、父母のどちらの元に帰りたいかを問われ、迷わず「お母さんの所」と答えた。引き取りに来た母は優しげに見えた。でも、職員に呼ばれた母の名字は違っていた。既に別の男性と再婚していた。
母と義父との生活はつかの間、うまくやれた。しかし、ふとしたきっかけで戸籍の名字を2人と一緒にしてもらえていないと知った。「『家族』にはしてくれないのか」。怖くて母に理由を聞けぬまま、2人との食卓を避けるようになった。自室にこもり、コンビニ弁当で空腹を埋めた。
「家にいちゃいけない。いられない」。昔の仲間に連絡を取り、以前の生活が再び始まった。いつも夜中の帰宅。母は、無言で家のドアを開けてくれるだけになった。06年10月、盗んだバイクで家に向かおうとして2度目の逮捕。少年院送致の処分が下った。
「こんなことして、ごめん」
栃木県の少年院の一室で毎月、母に手紙を書いた。ボールペンで便せん2~3枚を埋めては何度も書き直した。でも、返信は一度もなく、面会にも現れなかった。院内での作業中、職員が誰かの名前を呼ぶと「ああ、面会だな」と思い、うらやましかった。父に続き、母も遠くなった。あれほど離れたいと思っていた「自分の家」が、思わぬ形でなくなった。「見捨てられちゃった」。そう感じた。
そこでの1年半は一度の規則違反もなく過ごした。昨年5月に出所。「一人で頑張って生きろ」と入所中に励ましてくれた担当職員が、泣いて見送ってくれた。身寄りのない少年たちを受け入れる東京都内の更生保護施設に身を寄せた。
最近、都内のアパートで1人暮らしを始めた。カーテンもない4畳半。テレビには新しく見つけた友人と写した「プリクラ」が数枚。不良仲間と連絡を取るのはやめた。毎日、ハローワークで見つけた塗装の仕事から帰宅した後、保護司がくれた炊飯器で温かいご飯を炊く。
日付が09年に変わった直後、新年を祝うメールが5通ほど携帯電話に届いた。だが、出所後も母からの連絡はない。古い携帯に残る番号は、もうつながらない。「働いて貯金して、ちゃんとした姿を見せたい。そしたら許してくれるかな」。いや、きっと……そんな気がする。その時、もう一度ペンを執ろうと思っている。【
横浜市内で生まれ育った少年(18)は、両親に服を買ってもらったり、小遣いをもらった記憶がない。厳しい両親だった。朝夕の洗濯や食事の後かたづけは自分の役目。「ほかの家の子ならよかったのに」。そのうち食事も作らされた。
15歳のころ。たびたび外出していた母が突然、家から姿を消した。父の言葉が追い打ちをかけた。「そんなばかな高校を受けず、働いて家から出ていけ」
不良仲間に誘われるままバイクを盗み、非行を繰り返した。16歳まであと1カ月のある日、警察に捕まった。初犯のため処分に至らず、父母のどちらの元に帰りたいかを問われ、迷わず「お母さんの所」と答えた。引き取りに来た母は優しげに見えた。でも、職員に呼ばれた母の名字は違っていた。既に別の男性と再婚していた。
母と義父との生活はつかの間、うまくやれた。しかし、ふとしたきっかけで戸籍の名字を2人と一緒にしてもらえていないと知った。「『家族』にはしてくれないのか」。怖くて母に理由を聞けぬまま、2人との食卓を避けるようになった。自室にこもり、コンビニ弁当で空腹を埋めた。
「家にいちゃいけない。いられない」。昔の仲間に連絡を取り、以前の生活が再び始まった。いつも夜中の帰宅。母は、無言で家のドアを開けてくれるだけになった。06年10月、盗んだバイクで家に向かおうとして2度目の逮捕。少年院送致の処分が下った。
「こんなことして、ごめん」
栃木県の少年院の一室で毎月、母に手紙を書いた。ボールペンで便せん2~3枚を埋めては何度も書き直した。でも、返信は一度もなく、面会にも現れなかった。院内での作業中、職員が誰かの名前を呼ぶと「ああ、面会だな」と思い、うらやましかった。父に続き、母も遠くなった。あれほど離れたいと思っていた「自分の家」が、思わぬ形でなくなった。「見捨てられちゃった」。そう感じた。
そこでの1年半は一度の規則違反もなく過ごした。昨年5月に出所。「一人で頑張って生きろ」と入所中に励ましてくれた担当職員が、泣いて見送ってくれた。身寄りのない少年たちを受け入れる東京都内の更生保護施設に身を寄せた。
最近、都内のアパートで1人暮らしを始めた。カーテンもない4畳半。テレビには新しく見つけた友人と写した「プリクラ」が数枚。不良仲間と連絡を取るのはやめた。毎日、ハローワークで見つけた塗装の仕事から帰宅した後、保護司がくれた炊飯器で温かいご飯を炊く。
日付が09年に変わった直後、新年を祝うメールが5通ほど携帯電話に届いた。だが、出所後も母からの連絡はない。古い携帯に残る番号は、もうつながらない。「働いて貯金して、ちゃんとした姿を見せたい。そしたら許してくれるかな」。いや、きっと……そんな気がする。その時、もう一度ペンを執ろうと思っている。【
— posted by サイト管理者 at 03:07 pm
現在でも町村制があった頃の名残
Sat 27 Dec’08
1888年(明治21年)4月にそれまでの郡区町村編制法に代え明治21年4月17日法律第1号の後半(前半は市制)として公布され、翌1889年(明治22年)4月以降、町村の合併などの状況を見て各地で順次施行された。
プロイセンの地方自治制度が取り入れられ、参政権は地租もしくは直接国税を年2円以上納税している者のみに付与するなど資産家優位の制度であった。また、内務大臣、府県知事などの監督権が強く、自治権は弱かった。
1911年、1921年、1925年、1929年の改正で、自治権の強化と公民権の拡張が進むが、この制度の基本的な性格は変わらなかった。第二次世界大戦下の1943年の改正では自治権が縮小された。終戦後の1946年自治権拡大のための改正が行われたが、翌1947年日本国憲法・地方自治法の施行により廃止された。
ただし、現在でも町村制があった頃の名残で、「町制」「村制」という表現は使われている。
[編集] 構成
[編集] 第一章 総則
第一款 町村其区域
第二款 町村住民及其権利義務
第三款 町村条例
[編集] 第二章 町村会
第一款 組織及選挙
第二款 職務権限及処務規定
[編集] 第三章 町村行政
第一款 町村吏員ノ組織選任
第二款 町村吏員ノ職務権限
[編集] 第四章 町村有財産ノ管理
第一款 町村有財産及町村税
第二款 町村ノ歳入出予算及決算
[編集] 第五章 町村内部ノ行政
[編集] 第六章 町村組合
[編集] 第七章 町村行政ノ監督
[編集] 第八章 附則
市制及町村制の原文があります。市制
郡制
樺太町村制
地方自治
市町村
町村組合
当初から町制を施行している町の一覧
確認してください。
プロイセンの地方自治制度が取り入れられ、参政権は地租もしくは直接国税を年2円以上納税している者のみに付与するなど資産家優位の制度であった。また、内務大臣、府県知事などの監督権が強く、自治権は弱かった。
1911年、1921年、1925年、1929年の改正で、自治権の強化と公民権の拡張が進むが、この制度の基本的な性格は変わらなかった。第二次世界大戦下の1943年の改正では自治権が縮小された。終戦後の1946年自治権拡大のための改正が行われたが、翌1947年日本国憲法・地方自治法の施行により廃止された。
ただし、現在でも町村制があった頃の名残で、「町制」「村制」という表現は使われている。
[編集] 構成
[編集] 第一章 総則
第一款 町村其区域
第二款 町村住民及其権利義務
第三款 町村条例
[編集] 第二章 町村会
第一款 組織及選挙
第二款 職務権限及処務規定
[編集] 第三章 町村行政
第一款 町村吏員ノ組織選任
第二款 町村吏員ノ職務権限
[編集] 第四章 町村有財産ノ管理
第一款 町村有財産及町村税
第二款 町村ノ歳入出予算及決算
[編集] 第五章 町村内部ノ行政
[編集] 第六章 町村組合
[編集] 第七章 町村行政ノ監督
[編集] 第八章 附則
市制及町村制の原文があります。市制
郡制
樺太町村制
地方自治
市町村
町村組合
当初から町制を施行している町の一覧
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— posted by サイト管理者 at 06:16 pm
作業進行の管理を実施
Sat 13 Dec’08
H-II用に、2台のMLが用意された。このときのMLは鉄道のような車輪とレールを備えたもので、MLの上面にはH-IIのSRBを固定する台座が設けられた。2台目(ML2)はH-II増強型の打ち上げに対応してSRBの台座が6基設けられていたが、この用途で使用されることはなかった。
H-IIA開発に合わせて、MLの改造が行われた。車輪とレールによる移動をやめ、ドーリーと呼ばれる超大型貨物移動車(多数のゴムタイヤを備えた台車)で運搬することにした。ML1は上部にH型の大きな塔を建て、H-IIAの2段目やフェアリングとアンビリカルを接続できるようにした。これにより、H-IIAはVAB内でアンビリカルを接続してから移動することができ、射点での作業を削減した。また、H-IIはSRBをMLに固定していたのに対して、H-IIAは1段目を固定する構造であり、MLも改造された。
ML2は、J-Iロケット2号機に合わせて改造されたが、J-Iの開発が打ち切られたため使われなかった。さらに、H-IIA212・222型に対応可能なML3が追加製造され、後にH-IIB用に対応するための改造が行われた。
大型ロケット発射管制棟 (ブロックハウス)
打ち上げ指令及び爆破指令が行われる管制施設。また、8角形の建物に8角錐の屋根が乗った形状から、夢殿の異名も持つ。万一、ロケットが爆発した場合は直接巻き込まれる位置であり、窓のない頑丈なコンクリートの建物に金庫室のような分厚い扉が設けられている。
打ち上げ準備期間は、作業進行の管理を実施する。打ち上げ時には、打ち上げカウントダウンやテレメータセンターとの間での交信、2段目の燃焼が終わるまでの指令管制を行い、筑波宇宙センターや相模原深宇宙管制センターに引き継ぐ。
[編集] 大崎射点
大崎射点は中型ロケットの発射場で、H-Iまでの主力ロケットとJ-Iロケットの打ち上げに使用された。GXロケットはここから打ち上げられる予定だが、アメリカのバンデンバーグ空軍基地を使用する案もあり、現在は立ち入り禁止になっている。なお、N-Iロケット開発時に吉信射点の位置ではなくこの場所を選んだのは、将来の大型ロケット開発に備えて最良の場所を空けておいたためである。
[編集] 射点以外の設備
液体エンジン試験場
吉信射点に併設された液体エンジン試験場で、LE-7エンジンやLE-7Aエンジンの地上燃焼試験に使用する。開発時のほか、フライトに使用するエンジンの領収試験にも使用している。
衛星組立試験棟 (STA)
筑波宇宙センターや宇宙科学研究本部、日本国外の衛星組立施設で調整が行われた衛星本体の、打ち上げ前最終調整試験を行う施設。H-II、H-IIA、H-IIBの衛星には、大型の第2衛星組立試験棟が使われる。
衛星フェアリング組立棟 (SFA)
衛星フェアリングとは、ロケットが大気圏内を高速で飛行する際に、衛星を保護するための覆いのことである。H-IIの場合、衛星はここでフェアリング内に格納され、フェアリングをコンテナ代わりにして射点のPSTへ運ばれて、ロケットに搭載された。H-IIA、H-IIBの場合は、同様にしてVABへ運ばれ、ロケットに搭載される。
[編集] 竹崎射場
小型ロケットの打ち上げ施設であり、LS-CやJCRなど初期の実験用ロケット、H-IIの開発に使われたTR-Iロケット、微小重力実験用のTR-IAロケットの打ち上げに使用された。
確認できています。
H-IIA開発に合わせて、MLの改造が行われた。車輪とレールによる移動をやめ、ドーリーと呼ばれる超大型貨物移動車(多数のゴムタイヤを備えた台車)で運搬することにした。ML1は上部にH型の大きな塔を建て、H-IIAの2段目やフェアリングとアンビリカルを接続できるようにした。これにより、H-IIAはVAB内でアンビリカルを接続してから移動することができ、射点での作業を削減した。また、H-IIはSRBをMLに固定していたのに対して、H-IIAは1段目を固定する構造であり、MLも改造された。
ML2は、J-Iロケット2号機に合わせて改造されたが、J-Iの開発が打ち切られたため使われなかった。さらに、H-IIA212・222型に対応可能なML3が追加製造され、後にH-IIB用に対応するための改造が行われた。
大型ロケット発射管制棟 (ブロックハウス)
打ち上げ指令及び爆破指令が行われる管制施設。また、8角形の建物に8角錐の屋根が乗った形状から、夢殿の異名も持つ。万一、ロケットが爆発した場合は直接巻き込まれる位置であり、窓のない頑丈なコンクリートの建物に金庫室のような分厚い扉が設けられている。
打ち上げ準備期間は、作業進行の管理を実施する。打ち上げ時には、打ち上げカウントダウンやテレメータセンターとの間での交信、2段目の燃焼が終わるまでの指令管制を行い、筑波宇宙センターや相模原深宇宙管制センターに引き継ぐ。
[編集] 大崎射点
大崎射点は中型ロケットの発射場で、H-Iまでの主力ロケットとJ-Iロケットの打ち上げに使用された。GXロケットはここから打ち上げられる予定だが、アメリカのバンデンバーグ空軍基地を使用する案もあり、現在は立ち入り禁止になっている。なお、N-Iロケット開発時に吉信射点の位置ではなくこの場所を選んだのは、将来の大型ロケット開発に備えて最良の場所を空けておいたためである。
[編集] 射点以外の設備
液体エンジン試験場
吉信射点に併設された液体エンジン試験場で、LE-7エンジンやLE-7Aエンジンの地上燃焼試験に使用する。開発時のほか、フライトに使用するエンジンの領収試験にも使用している。
衛星組立試験棟 (STA)
筑波宇宙センターや宇宙科学研究本部、日本国外の衛星組立施設で調整が行われた衛星本体の、打ち上げ前最終調整試験を行う施設。H-II、H-IIA、H-IIBの衛星には、大型の第2衛星組立試験棟が使われる。
衛星フェアリング組立棟 (SFA)
衛星フェアリングとは、ロケットが大気圏内を高速で飛行する際に、衛星を保護するための覆いのことである。H-IIの場合、衛星はここでフェアリング内に格納され、フェアリングをコンテナ代わりにして射点のPSTへ運ばれて、ロケットに搭載された。H-IIA、H-IIBの場合は、同様にしてVABへ運ばれ、ロケットに搭載される。
[編集] 竹崎射場
小型ロケットの打ち上げ施設であり、LS-CやJCRなど初期の実験用ロケット、H-IIの開発に使われたTR-Iロケット、微小重力実験用のTR-IAロケットの打ち上げに使用された。
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— posted by サイト管理者 at 02:13 pm














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